死後の世界はある!私の天国体験
人は死んだら、どうなるのでしょうか?
私は「死後の世界」はあると思っています。思っているというよりも、確信していると言ったほうがいいかもしれません。そう思い始めたのは、ある不思議な体験をしてからです。
死後の世界が本当にあるのか、ないのかは、人それぞれ考え方は分かれるところだと思いますが、ここでは私の個人的体験をお話してみたいと思います。
死後の世界・・生まれる前の世界までタイムスリップ

私は、前世の記憶はありません。
ただ、母親の胎内に降りてくる前の世界(天国)まで記憶を戻された体験があります。それは、真言密教の高野山の阿闍梨によって、ある法力をかけられた時でした。

その阿闍梨は、高野山でかなりの修行を積まれてきた方でしたが、私の頭の上で、印を結んで(両手で色々な形を作る)、小さな声でマントラ(真言)をずっと唱えていました。
私は何をされているのか、その時点では全く分かりませんでした。
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そのうち、だんだんと自分の身に不可解な現象が起きていったのです。なぜだか分からないのですが、時間がゆるやかに戻っていくのです。
5年前、10年前、大学生の時、高校生の時、中学生の時、小学生の時、幼かった時へと自分の記憶がどんどん戻っていったのです。
正確にいうと、記憶が戻るというだけではなく、その時の自分そのもの(行動と思い)になるのです。
私がすっかり忘れていたような事も含めて、時間の退行とともに、私の人生の断片が、次から次へと蘇っていきました。
テレビで放送されてる退行催眠と比べると、時間の逆行は、かなり緩やかでした。
催眠療法家による退行催眠をテレビで見てると、前世の記憶まで、ぱっと飛ぶ感じですが、私が阿闍梨から法力をかけられた時には、まず今生での時間の退行から、ゆっくりと始まりました。
小学生~中学生位の時には、両親は働いていたので、私はいつも寂しい思いをして、一人部屋の隅で背中を丸めてうずくまっていたものです。
記憶がその頃に退行していくと、私は突然、阿闍梨の目の前で、部屋の隅に移動して、そこで背中を丸めてうずくまり始めました。

そして心も行動も、その当時の自分そのものになりました。
記憶がどんどん退行していくのを自分の意志で止められず、強制的に時間を戻されていくことに不安でいっぱいになりました。
時間はどんどん退行していき、幼児期に戻った時には、話し方が子供そのものになってしまい、大人としての話し方が全くできなくなりました。
私は激しく動揺して、なぜこんな目に遭わせられるのかと阿闍梨への怒りがこみあげてきました。
阿闍梨に対して、「何するの!」と抗議したつもりが、実際に私の口から出てきた言葉は、「にゃに、ちゅるのぉー!」。
とうとう赤ん坊に戻ってしまった時には、何を言おうとしても、全て「オギャーオギャー」になってしまいました。
嘘のような話に聴こえるかもしれませんが、全て事実なのです。私は動転しました。
自分の意志通りにならない恐怖で、阿闍梨に対する怒りが爆発して、「やめろー!やめろー!!」と叫んだのですが、実際に口から出てきた言葉は、全て「オギャーオギャー」でした。
その場には阿闍梨の他に、私の両親も同席していたのですが、私の赤ちゃん返りを見て驚いた母は、私の頭を自分の膝の上に置いて、赤ん坊のように「オギャーオギャー」と泣く私の頭をなでてくれていました。
私は、母のお腹の辺りに頭を置いたあと、今生の記憶がなくなりました。
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死後の世界 私の天国体験

それからは真っ暗な世界になりました。後になって考えたことですが、あの真っ暗な世界は、母胎の中だったのかなと思いました。
しばらく真っ暗な静かな世界が続いたあと、光が見えてきました。気が付くと、光り輝く美しい世界が目の前にありました。その光はとても温かくて、その光の中にいるだけで心地良かったです。
私は思わず「美しい~!!」と声を出しました。そこは、光り輝いていて温かくて、とても居心地のいい世界でした。後になって思い起こすと、あれが天国なのだろうと思いました。
その後、現世に意識が戻ってきた時には、肉体はぐったり疲れ果てていましたが、心は最高の境地でした。阿闍梨は、私を前世まで戻すことはしませんでしたが、この世に降りてくる前の世界をほんの少しだけ見せてくれました。
その後、私は人生観が変わりました。死後の世界に対する恐怖感がなくなり、輪廻転生を確信しました。私の場合は、短時間だけの天国体験でしたが、中には、天国にいた間のことを詳しく記憶してる人たちもいます。
信じる、信じないは、あなた次第です。私自身は、この体験を今まで人に話すことはほとんどありませんでした。
こんな事を話しても、信じてもらえるとは思っていませんでしたし、頭がおかしいと思われるだけだろうと思っていましたから。ネットだから正直に話せたのだと思います。
ただ、私だけが特殊な体験をしたわけではなく、あの阿闍梨が同じ法力をかけたなら、他の人たちも同じ体験を味わえると思います。タイムスリップは可能だと確信しました。
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人は何のために生まれてくるのか

人は己の魂を成長させるために生まれ変わりを繰り返します。
そして、あの世の世界というのは、幾つかの階層があって、人は死ぬと、自分が居心地のいい世界に行くそうです。
ですから、あの世では自分と似たような魂が集まります。自分と似たような魂たちと一緒にいても、あまり成長できません。
それに比べて、この世は、色々な段階の魂がごちゃまぜになって存在するので、当然さまざまな苦しみが起きて、だからこそ成長できるのです。
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この世で生きるということは、時にはとんでもない苦しみを伴います。
でも、どんなに苦しくても自ら命を絶たないでください。なぜなら、そんなことをしても決して楽にはなれないからです。死んだら、今の苦しみから解放されるというのは大ウソです。
自ら命を絶つというのは、途中で修行を放棄することですから、その修行を乗り越えられるようになるまでは、何度でも同じ苦しい修行をやらされます。
今味わってる苦しみか、それ以上の苦しみを味わうことになります。ですから、天からいただいた肉体という衣を自分で勝手に脱がないでください。
この世で魂を成長させる方法は、他者への慈しみの心を持って、善行を行うことだそうです。そうと分かっていても、腹の立つこともありますし、怠けたい時もあります。
煩悩いっぱいの私は、あとどの位、生まれ変わりを繰り返さなければいけないのだろうとよく考えます。
今の時代に生きている人たちの多くは、30~50回位の生まれ変わりを繰り返しているそうですが、あのお釈迦様にいたっては、500回位生まれ変わりを繰り返されたそうですから、魂を高いレベルまで浄化させるには、長い時の流れが必要なのでしょうね。
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あるアメリカの子供の天国体験
幼い子供たちの中には、前世の記憶や、天国での記憶をはっきり覚えている子たちもいます。
子供たちが自分の前世のことや、この世に降りてくる前の世界を話すのは、2歳~6歳位までで、ほとんどの場合は8歳位になると、話すのをやめてしまいます。
その後は、成長と共に忘れていくようですが、中には大人になってからも、自分の前世や天国での記憶をはっきりと覚えている人もいます。
アメリカの少年の天国での記憶が本になりベストセラーになりました。↓

科学者の中には、「死後の世界は存在し、脳は意識の受け皿にすぎない」と、死後の世界を肯定する人もいます。
量子論で考えると、脳(物質)が意識を生み出すのではなく、意識が肉体に宿り、現実を生み出しているというのです。意識は、物質世界よりも根源的だといいます。
私もその通りだと思います。私たち人間は、空を飛びたいと願い飛行機を産み出し、短時間で苦労なく遠くへ行きたいと願い、乗り物を創ったように、人の想念が物質を産みだしてきたともいえます。
「死後の世界」を肯定する科学者は、まだ少ないですが、物質世界を超えた「死後の世界」のナゾを、科学で解明できる日が早く来てほしいと思います。
死後の世界を肯定し、輪廻転生が当たり前の事実として受け入れられるようになれば、人の生き方そのものも大きく変わっていくでしょう。
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死後の世界ですか
是非、信じたいものです。
ところであなたのブログとやらはどこにあるのですか?
たみだ様
コメントどうもありがとうございます。
人それぞれ考え方はあると思いますが、私は死後の世界があると信じています。
お尋ねの私のブログは、たみだ様が読んで下さったこの記事も私のブログの中の1記事です。
よろしければ、お時間のある時にでも他の記事もご覧いただければ大変嬉しいです。
こんにちは
私は前世にとても興味があり、今までに沢山の本を読みました。また、前世療法などのサイトもチェックして1度だけ受けたことがあります。かなりの金額で散らかったお部屋で窓を開けたままで、とても集中ができない環境でした。もし差し支えがなければ、どちらで阿闍梨さまの体験が可能か教えていただけませんか?現在、様々なことが上手く行かず、何が理由なのか、どうしてもクリアにしたいと思っています。
Momo様
コメントどうもありがとうございます。
Momo様は、スピリチャルな世界への造詣が大変深い方のようで、そのような方に当ブログをご覧いただき、大変ありがたく思っております。
お尋ねの件ですが、実はこの記事に書いた内容は、今から20年以上も前のことでして、今、この阿闍梨様がどちらにいらっしゃるのかは全く存じ上げないのです。
この阿闍梨様は、その後は高野山に残らず地方に行かれたそうなので、当時の阿闍梨様の年齢から推測すると、今、ご健在かどうかも分からない状態です。
お力になれなくて本当に申し訳ございません。
高額な前世療法まで受けられたとのことで、Momo様の中でどうしてもクリアになさりたい領域があるのだと思います。私も昔そういう時期があったのでお気持ちはよく理解できます。
概して見えない世界のことについては法外な金額を要求する所が多いように思います。
私も、昔、霊能者といわれる人に、ぼったくられたこともありましたが、そのような苦い経験の中で感じたのは、本当に力のある方というのは、あまりお金を要求しないということです。
この記事に書いた阿闍梨様に関しては、お布施をお支払いしただけです。
我が家の先祖供養の問題でお世話になったのですが、幾らお支払いしたらいいのか分からなくて両親がお尋ねしたところ、「お気持ちで結構です」と言われたそうです。
目に見えない崇高な世界のパワーをいただくためには、阿闍梨様ご自身のお心を浄化しておかないといけないでしょうし、お金という物欲をそぎ落とされた方でないと、あのような力は授からないのだろうとも思いました。
Momo様、折角お尋ねいただきましたのに、お力になれなくて申し訳ございません。
ただ本当に力のある方というのは、数はごく僅かでしょうが、この世にいらっしゃるものだと私は思っています。
Momo様はとても努力家の方だとお見受けいたしました。そのような方には、時を見て天から大きな導きが訪れるのではないかと勝手に想像してしまいました。
そうでしたか。
残念ですが、物事はなるように流れていて常にベストを尽くしていれば幸せになれることを願います。ありがとうございました!
Momo様
ご丁寧な返信をどうもありがとうございます。
>物事はなるように流れていて常にベストを尽くしていれば幸せになれることを願います。
Momo様のおっしゃる通りですね。私もそれを肝に銘じて頑張っていきたいと思います。
貴重なコメントをどうもありがとうございました♪
何かしらの世界が有るようです。
若い時、目で見ただけでは錯覚とか色々言われますが、写真に撮ってガラス戸に顔が写っていました(何回撮っても)。
某大物役人の息子で小学校同窓生が死んだ時は3日前から、今まで居なかったのが、お手洗いに来ました。
三日目に他の同窓生から葬式の知らせが来て、行きましたが、凄いお葬式で、その後は殆ど出なく成りました。
今は家に伝わる、千日回峰行の在家版みたいなのを続けています・・・・が、既に20年程続けていますが、在家のでは大阿闍梨見たいな能力はつかないようですが、現世での周りの邪魔が少しずつ減ってきました。 不思議に思います。
福の神様
コメントどうもありがとうございます。
とても興味深いお話を教えてくださりありがとうございます!
福の神様は、霊感のお強いお方なのでしょうね。
しかも千日回峰行の在家版を20年も続けていらっしゃるとは、本当に素晴らしいですね。
そのようなご立派な方もいらっしゃることを知り、頭が下がる思いがしました。
在家でありながら行を続けられるのは、さぞ大変なことと思いますが、
厳しい行だと思いますが、どうかお身体にお気をつけられ頑張ってください。